ミュージカル
「十二人の怒れる男」
原作:レジナルド・ローズ
音楽:いずみたく
脚本・作詞・演出:五戸真理枝(文学座)
作曲・音楽監督:田中和音
音楽:いずみたく
脚本・作詞・演出:五戸真理枝(文学座)
作曲・音楽監督:田中和音
美術:乘峯雅寛(文学座)
作詞:坂口阿紀
振付:川西清彦
衣裳:加納豊美(アトリエ・ディグ)
照明:阪口美和(文学座)
音響:返町吉保(キャンビット)
演出助手:明羽美姫・神野紗瑛子(イッツフォーリーズ)
歌唱指導:徳岡明(イッツフォーリーズ)
ステージング:藤田朋花(イッツフォーリーズ)
稽古ピアノ:中山圭(イッツフォーリーズ)
舞台監督:上田実、岩戸堅一(アートシーン)
アンダースタディ:隅田璃南(文学座)
小道具:石井昭(藤浪小道具)
著作権代理:シアターライツ
題字:璃奏
プロデューサー:土屋友紀子
協賛:株式会社明治
主催・企画・制作:株式会社オールスタッフ、ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズ
作詞:坂口阿紀
振付:川西清彦
衣裳:加納豊美(アトリエ・ディグ)
照明:阪口美和(文学座)
音響:返町吉保(キャンビット)
演出助手:明羽美姫・神野紗瑛子(イッツフォーリーズ)
歌唱指導:徳岡明(イッツフォーリーズ)
ステージング:藤田朋花(イッツフォーリーズ)
稽古ピアノ:中山圭(イッツフォーリーズ)
舞台監督:上田実、岩戸堅一(アートシーン)
アンダースタディ:隅田璃南(文学座)
小道具:石井昭(藤浪小道具)
著作権代理:シアターライツ
題字:璃奏
プロデューサー:土屋友紀子
協賛:株式会社明治
主催・企画・制作:株式会社オールスタッフ、ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズ
<キャスト>
陪審員長…沢田冬樹
陪審員第二号…蓮井佑麻
陪審員第三号…駒田一
陪審員第四号…納谷健
陪審員第五号…本田稔弥
陪審員第六号…おかやまはじめ
陪審員第七号…佐伯亮
陪審員第八号…神澤直也
陪審員第九号…石鍋多加史
陪審員第十号…森隆二
陪審員第十一号…田上ひろし
陪審員長…沢田冬樹
陪審員第二号…蓮井佑麻
陪審員第三号…駒田一
陪審員第四号…納谷健
陪審員第五号…本田稔弥
陪審員第六号…おかやまはじめ
陪審員第七号…佐伯亮
陪審員第八号…神澤直也
陪審員第九号…石鍋多加史
陪審員第十号…森隆二
陪審員第十一号…田上ひろし
陪審員第十二号…松原剛志
守衛、母…金村瞳・大川永・杉尾優香(トリプルキャスト)
守衛、母…金村瞳・大川永・杉尾優香(トリプルキャスト)
演奏…田中和音(Key.)阪本純志(Per.)
有名な戯曲で、すぐれた映画で、日本でも上演率の高い作品だ。なにしろ、舞台転換の必要がなく、衣装替えの必要もない。なんならBGMすらいらない。ひたすら役者の芝居だけを見せる作品なので、役者も演出家も一度はやってみたいのだろう。
しかし、本作は、なんと、ミュージカルである!作曲は、いずみたく。というわけで、イッツフォーリーズのミュージカル「十二人の怒れる男」を観劇してきました。
しかし、本作は、なんと、ミュージカルである!作曲は、いずみたく。というわけで、イッツフォーリーズのミュージカル「十二人の怒れる男」を観劇してきました。
数年前、本作の戯曲と譜面が発見されたそうで、どうやら東京声専音楽学校(現・昭和音楽大学)のために作曲・提供されたものだったということまで判明したとのこと。文学座の五戸さんを演出に迎え、音楽を一部差し換える(作曲=田中和音)などして、今回の上演となった。浅草九劇の劇場機構(2階に生演奏や照明・音響のためのエリアがあり、そこへの導線として客席上部にぐるりとバルコニーが設えられている)を利用して、陪審員たちの入退場の場面を作るなど、密室だけに留まらない工夫が光る。
以前、「日本の劇団」で上演した時は、劇場の狭さや客席との近さに魅力を感じたのだが、演出に「これが正解」はないな、と改めて思った。
舞台は1950年代のニューヨーク。
裁判において陪審員から女性を排除する権利が否定されたのは、1975年。1950年代だと、全員が男性というのも普通の光景ということになる。ただ、本作、劇団公演でもあるので、劇団の女性団員は出したかっただろう。ということで、守衛は女性が演じている。(トリプルキャスト)同時に彼女たちは、被告少年の亡くなった母親という役柄にもなっている。母を亡くし、父親を殺した罪で裁判にかけられている少年は、誰も頼る人がいない。弁護士(おそらく国選)さえ、彼を見放している。
そんな少年のために祈り続ける死んだ母親という存在は、実にミュージカル的で、よく思いついたな~と思った。
以前、「日本の劇団」で上演した時は、劇場の狭さや客席との近さに魅力を感じたのだが、演出に「これが正解」はないな、と改めて思った。
舞台は1950年代のニューヨーク。
裁判において陪審員から女性を排除する権利が否定されたのは、1975年。1950年代だと、全員が男性というのも普通の光景ということになる。ただ、本作、劇団公演でもあるので、劇団の女性団員は出したかっただろう。ということで、守衛は女性が演じている。(トリプルキャスト)同時に彼女たちは、被告少年の亡くなった母親という役柄にもなっている。母を亡くし、父親を殺した罪で裁判にかけられている少年は、誰も頼る人がいない。弁護士(おそらく国選)さえ、彼を見放している。
そんな少年のために祈り続ける死んだ母親という存在は、実にミュージカル的で、よく思いついたな~と思った。
主人公の8号(陪審員は互いに名乗り合う必要はなく、お互い番号で呼び合う)は、劇団員の神澤直也。彼自身は、何かに気づいたわけでも、何かを確信していたわけでもない。ただ、一人の少年を電気椅子に送るにあたって、議論ひとつしないことに異を唱え、人間として誠意を示したいと思っただけだった。残る11人の陪審員は、様々な人々。スラム街の人間に偏見を持つ人、被告が父親に反抗する息子だったことで、自身の家を出た子供を思い出してムカついている人、早く帰って野球場に行きたい人、お調子者の営業マン…最初は声の大きい人々が場を支配するが、おとなしい人々が次々に無罪の証拠を見つけ出していく。8号は、彼らのふとした疑問を的確に取り上げていく。当然、声の大きい人々は反発する。そのぶつかり合いが音楽としてのリズムを作り出す。
議論のミュージカル、すごくいいじゃん❗
劇団員の神澤、森隆二のほか、ミュージカルでおなじみの駒田一、ゴーカイジャーを歌った松原剛志など、歌に強いメンバーも多く、聞きごたえもあった。歌ではない部分もしっかり演出されていて、特にクールで論理的な4号の納谷健が、自らの論理の破綻を突かれて動揺するシーンなど、これが観たかった‼と膝を打つほど、私好みだった。
議論のミュージカル、すごくいいじゃん❗
劇団員の神澤、森隆二のほか、ミュージカルでおなじみの駒田一、ゴーカイジャーを歌った松原剛志など、歌に強いメンバーも多く、聞きごたえもあった。歌ではない部分もしっかり演出されていて、特にクールで論理的な4号の納谷健が、自らの論理の破綻を突かれて動揺するシーンなど、これが観たかった‼と膝を打つほど、私好みだった。
もう少し大きな劇場での再演をお願いしたい良作だった。
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