楽劇「フィガロ」観劇

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楽劇
「フィガロ」~「フィガロの結婚」より~

上演台本・演出:荻田浩一
音楽:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、ジョアキーノ・ロッシーニ/福井小百合
作詞:荻田浩一
音楽監督・編曲・歌唱指導:福井小百合

美術:伊藤雅子
照明:柏倉淳一
音響:大野美由紀
衣裳:木鋪ミヤコ
衣裳製作:大屋博美
ヘアメイク:関谷佳代子
演出助手:陶山浩乃
舞台監督:中西輝彦
企画・製作:アーティストジャパン

<キャスト>
フィガロ…矢田悠祐
アルマヴィーヴァ伯爵…山本一慶
スザンナ…皆本麻帆
ロジーナ…朝月希和
ケルビーノ…谷山知宏
ドン・バジリオ…柴原直樹
ドン・バルトロ…駒田一
マルチェリーナ…霧矢大夢

<演奏>
ピアノ…福井小百合
ギター…佐藤誠

モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」には、前日譚とも言える物語があって、それはロッシーニが歌劇にしている。「セビリアの理髪師」というタイトルで。原作となる戯曲は、両方ともボーマルシェによるもので、三部作になっているとか。ということは、「フィガロの結婚」には続きがあるってことか‼本作は、回想シーンで「セビリアの理髪師」も再現している。←これがビックリなのは、本作の音楽、基本、オペラの楽曲をベースにしているから。モーツァルトの途中にロッシーニが入っているって、なかなかだよね💦(回想シーンだけでなく、「セビリアの理髪師」からの楽曲がいくつか入っています。)
ついでに、あれ、この歌、オペラの曲、使ってる⁉でも、まんまじゃないよね⁉と気づいた私も、音楽教育、ちゃんと受けてるな…と思った。

貴族社会というものを徹底的に風刺している内容で、フランス革命より前にこういう作品が作られているというのは、なかなかに革新的。(当の貴族は、意味も分からず、マリー・アントワネットが「セビリアの理髪師」を内輪で上演し、自分がロジーナを演じると言っているのを聞いて、オスカルが大いに嘆く…というエピソードが「ベルサイユのばら」にある。)

昔の領主には、「初夜権」というのがあって、領内の若い娘が結婚する時、夫より前にその娘と夜を過ごす権利を領主が有しているというとんでもないもの。もちろん、当の昔に形骸化しているこの権利を復活して、フィガロの妻になるスザンナと夜を過ごそうとしている好色な伯爵(山本)を、みんなで懲らしめるというのが、本作の趣旨。
「フィガロの結婚」については、私の大好きな漫画、「バイエルンの天使」に出てくるので、よく知っていたのだが、「セビリアの理髪師」については、「フィガロ…」の前日譚ということしか知らなかったので、色々新しく知ることができて、面白かった。


まず、伯爵とフィガロの関係性は、領主と家来であり、何でも言い合える友人という関係性だったということ。友達の彼女を狙うとか、伯爵、どんだけひどい男なんだ💣しかも、好色じじいじゃなく、若いくせに脳内がおじさん⤵⤵⤵
さらに、伯爵夫人との関係も、結婚1年という状態で、それで、もう新しい女に目が行っているとか、本当に許されないヤツ💢
オペラだと、歌手の姿からドラマの実年齢が想像できないので、そういう、若く好色な、かる~い伯爵を体現した山本一慶は、さすがと言うほかない。(褒めてます)
で、「バイエルンの天使」でジクゥート(私の推し)が演じたケルビーノ(美しい小姓=通常はメゾソプラノが歌うズボン役)を個性派俳優の谷山が演じる…ということで、なんか色々、違う見方になってしまって、この配役はよかったのかな…と思ってしまった。ケルビーノは思春期で、「恋とはどんなもの?」という歌が有名なように、まだ恋を知らないけど、女性と見ればフラフラしてしまう…という伯爵予備軍のような少年。少年だから許される、少年だから笑いに繋がる部分が、大人の谷山が演じることで、知能の低い青年を物笑いにしているように見えてしまう気がする。谷山という俳優を使うことでのおかしみ、というのももちろんあったけれど。(谷山さん自身は、個性的な素敵な俳優さんです。)
女性陣の素晴らしさだけが際立つ物語だったりするのだが、その女優陣は、皆本、朝月、霧矢、全員素敵、言うことなし💓
男性陣は、本当に腹立たしいヤツしかいないのだが、こちらも皆さん、ちゃんと腹立たしく、素敵に演じていた。主役の矢田ちゃんは、さすがオギーのエンジェル、作品の本質をしっかり掴んで表現していた。今後も追いかけたい。

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