「その1」は、こちらです。
次は、クロクスタ(松田賢二)。
彼は昔、法律事務所に勤めていた。そして、リンデ夫人になる前のクリスティーネ(大空ゆうひ)と交際していた。しかし、寝たきりの母親を抱え、弟たちがまだ小さかったクリスティーネは、クロクスタを捨てて、申し出のあったお金持ちのリンデ氏と結婚した。たった一通の手紙で、クリスティーネは、クロクスタの人生を根こそぎにしてしまった。
(未練が残らないようにコテンパンに振ったつもりが、人生そのものも屠ってしまったらしい。)
そして、やけになった彼は、サインの偽造とか、やばいことにも手を出すようになる。
その後、クロクスタは結婚して、今は子供がたくさんいるらしいが、結婚生活そのものは破綻し、今は一人で子供たちを育てている。その生活を支える為か、彼は、闇金業者をやっている。リンデ夫人によれば、誰かの妻が借金をする場合、法律では、夫の承諾がいるという。クロクスタは、夫の承諾なしにノラにお金を貸しているので、正規の金融業とはいえない。しかも、裏でそういうことをやりながら、銀行にも勤めているという、ダブスタを平気で続けている男だ。
無知からとはいえ、ノラは、クロクスタに金を借りる時、保証人として要求された父親のサインを偽造する。しかも9月29日に父親は亡くなっているのに、10月2日の日付を入れて。クロクスタは、そこにつけ込む。この事実をエサに、ノラを脅迫し、新しい頭取になったヘルメルからクビを宣告された人事をひっくり返そうとするのだ。
ところが、かつての恋人、リンデ夫人からよりを戻そうと言われると、180度人間が変わって、善人になる。
俳優として、これほどやりがいのある役はないんじゃないかと思う。
登場するシーンは、不気味な効果音が入り、発言の後ろで雷が鳴ったり…と、不穏な空気を纏うクロクスタ。でも、本当に空気を変えているのは、松田さん自身。不安から、人の話を聞かずに色々と言い立てるノラに対して、「奥さん、奥さん、おーくーさーん」と大きな声を出して黙らせるところとか、秀逸だった。知っていても、毎回ハッとさせられた。
優秀な男が、社会の底辺で辛酸を舐めながら、それでも生きて行かなければならない…と、必死に這いつくばっている姿を想像させる、卑屈な虚勢。誰も信じられないから、誰からも信じてもらえない男の孤独。宝塚だったら、これ、ファンにどストライクなキャラクターなんだけど、ここは宝塚じゃないので、ほんと無理、ごめんなさいキャラ
それが
リンデ夫人のキスひとつ(いや、実際にはふたつか)で、ナイスガイになる
なんなの、この魔法
彼女の変わらぬ愛を確信すると、スマートな紳士になって、クリスティーネをしっかりエスコートしてくれる。
かっこいい惚れる
昔から好きな俳優だった(「仮面ライダーキバ」という作品がありましてね…)というのは差し引いても、松田さんには、ずっとドキドキさせていただきました。ありがとうございます
この芝居、おそろしい脅迫者だったクロクスタが、瞬時に考えを翻し、ヘルメル夫妻に敵対しなくなることが、ものすごく大きなポイントになる。それが、ヘルメルの豹変にダイレクトに繋がるからだ。郵便受けに投函されていた手紙を読んだ瞬間から、深夜、自宅に届けられた手紙を読むまでの、ヘルメルの本性剥き出しの芝居、それがこの芝居のクライマックスであり、そこをリアルにするのが、実は、一場面前のクロクスタの豹変。
破滅するなら、ヘルメル夫妻を道連れにしてやると決意を固めているクロクスタ。
彼の頑なな心の原因は、10年ほど前にクリスティーネから突きつけられた三行半だ。人は簡単に心を翻す、と知ったクロクスタは、絶対に価値の変わらないもの=お金に向かっていく。
しかし、クリスティーネの実は変わっていない真心を知ったクロクスタは、瞬時に、10年前の彼を取り戻す。
どれほどの熱い思いだったのかが、手に取るように分かったし(あの人、私のためならなんでもしてくれたの、とクリスティーネも言っていたしね)、そこに嘘がなかったからこそ、続く場面がご都合主義にならなかったのだと思う。
その変貌のキッカケになっているのが、キスシーンだ。
2013年に女優デビューして5年弱、一度もキスシーンのなかった大空ゆうひの、最初のキスシーンが、こんなふうに意味のある場面でよかった…と、心底思う。
そして、このシーンにそれだけの意味を持たせてくれた松田さんには、感謝しかない。
また、ヘルメル家を辞去したあとのクリスティーネを待っていて、やさしくエスコートするニルス・クロクスタに紳士振りには、毎度目を奪われた。階段が苦手と言っていたクリスティーネだから、舞台から客席に降りる階段のところで、手を差し出すダンディーさに痺れた。
悲劇的な物語の中で、ニルスとクリスティーネの二人だけは、どうか幸せに生きてほしいと、去っていく二人を見ながら、毎回、思っていた。
ほんとうに、ステキな、松田クロクスタ氏でした
そして、クロクスタの永遠の恋人、クリスティーネ・リンデ夫人(大空ゆうひ)。
彼女は、ヒロイン・ノラ(北乃きい)の旧友として登場する。
とはいえ、二人の関係性は、現在の女友達のそれと比べると非常に希薄な交流に見える。
なにしろ、10年近く合っていない。クリスティーネが根こそぎにした元恋人・ニルスと同じくらい会っていないのだ。顔を見ても、瞬時に思い出せないくらい。
ところが、再会するや否や、毎日のように入り浸る。
このへんの、電話もラインもない時代ならではの「女友達」の関係性が、現代人の我々に理解できるか…と思っていたら、ゆうひさんが、すんなりと芝居で納得させてくれた。
結婚や転居で間遠になることはあっても、再会すればすぐに関係性が復活する。そのために、知人やその家族の動向は、常に新聞の社交欄・消息欄で確認しておくんだろうな、そういう社会だったんだろうな、と感じる。そして、会わなかった数年間の互いの消息を語り合えば、もう空白は埋められる。当時の婦人たちはそうやって、友情を育んでいったのだろう…そんなことが自然と感じられる、ノラとクリスティーネだった。
が、この舞台上のハンパない仲良し感は、どこから来るのだろう
いやもう、女優同士の実年齢を超えて、完全に女子校ノリ。きゃぴきゃぴして、スキンシップが多くて、マジ可愛い
そもそも、北乃きいちゃんがめっかわだから、可愛い子絶賛依怙贔屓党のゆうひさんとしては、そりゃもうノリもよいだろうとは推察できる。カーテンコールでも、すぐ、ゆうひさんの後ろに隠れて、やたら距離を近く取りたがるきいちゃんが、超可愛かったので、すっかり手なずけたのね…(失礼)とムフムフしておりました
そんな、ノラとクリスティーネの本音トークは、現代の日本女性からすると、けっこう地雷っぽく感じるのだが、本人たちは、少しの悪意も含んでいないように感じた。
(ここは、悪意を含むようにも演じることは可能なので、演出意図として、純粋な友情を表現したということなのだと思う。)
たとえば、死別した夫との間に子供はなく、夫を亡くしてもそれほど悲しんでいないクリスティーネに対して、ノラが「考えられない。私には三人の子供たちがいる。子供たちにいない生活なんて…」と自分の価値観を押しつけるかのような発言をするところとか。
ノラの苦労を「そんなもの、苦労とは言わないのよ」と断じるクリスティーネとか。
それでも二人は、とても楽しそうで、会話の中に棘のようなものは、一切見当たらなかった。
その答えは、二人の女性の持つパーソナリティーなのかな…と、芝居を観ながら考えた。
ノラは、悪意のかけらも持たない天然善意の女性で、世間を知らないし、勉強嫌いな面があるから、発言は不用意だったりするが、クリスティーネは彼女の善意に対して、全面的に信頼している。それは、クリスティーネ自身もまた善意の人だから、ではなく、交流を通じてノラを観察した結果、彼女の善意を信じられると確信したから…なのかな。
クリスティーネ自身は、もっと複雑な女性で、彼女の中には、打算も、羨望も、自己嫌悪も渦巻いている。けれど、「よき人でありたい」とする自我が彼女の根っこにはあって、それに従って、ものごとの本質をしっかりと見極めてから、自分の力で善悪を判断し、善意には徹底的に善意で対応しようとしていることが、だんだんわかってくる。
そんなクリスティーネなので、既にノラの本質はしっかりと見極めていて、だから腹も立てないんだろうな…と思うようになった。
にしても、あんなセリフの応酬なのに、心の通っていない自分本位な女たちの会話にせず、本音で語っても全然気を悪くしないで、信頼とやさしさに溢れたノラとクリスティーネの関係を作り出してくれた、演出と女優二人には、嬉しい驚きしかなかった。
ぶっちゃけ、仲が良すぎて、こちらの脳内にユリの花が咲いていましたけどね
まあ、それくらい、美しい女の友情を描く物語は希少。
原作も、夫の愛情の正体を知るところにポイントが置かれていることもあって、クリスティーネとの友情は、唯一の救いにはっているのだが、そこを魂のレベルまで美しく昇華していただき、大満足でした
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