かんぽ生命ドリームシアター
ミュージカル・コメディ
「幕末太陽傳」
~原作 映画「幕末太陽傳」(C)日活株式会社
監督/川島雄三 脚本/田中啓一、川島雄三、今村昌平~
脚本・演出:小柳奈穂子
作曲・編曲:手島恭子
音楽指揮:寺嶋昌夫
振付:花柳寿楽、若央りさ
殺陣:清家三彦
装置:大橋泰弘
衣装:加藤真美
照明:勝柴次朗
音響:大坪正仁
小道具:増田恭兵
歌唱指導:山口正義
三味線指導:今藤和歌由
演出助手:栗田優香
装置補:稲生英介
舞台進行:庄司哲久
早霧せいな&咲妃みゆコンビの退団公演は、落語を題材とした古い日活映画を原作にした「幕末太陽傳」。この意外すぎる作品で、トップコンビは鮮やかに宝塚を去って行った。
脚本・演出は、現在、劇団の中で最も信頼できる演出家の一人である小柳奈穂子先生。
思えば、このコンビの大劇場お披露目公演も、小柳先生の「ルパン三世」、以来、雪組は、5作連続稼働率100%超という記録を達成する人気組に成長したのだった。そんな小柳先生の脚本・演出による、サヨナラ公演は、決して守りに入るのではなく、新しい宝塚の可能性を示す「楽しい」公演だった。
東海道五十三次、お江戸日本橋を出て一番最初の宿は品川。しかし、日本橋から品川なら江戸時代でも数時間で踏破できてしまう。こんな中途半端な場所にある宿に泊まる人々は、もちろん旅人ではない。
ここ、品川の宿には、北の吉原と並ぶ、でっかい歓楽街があった。
以前、東海道五十三次を歩くイベントに参加した時、品川宿にも立ち寄りました。こちらが、土蔵相模の跡地。現在は普通の民家(マンション)になっていて、立て看板だけが残っています。というわけで、看板だけを撮影してきました。
「土蔵相模跡」
旅籠屋を営む相模屋は外壁が土蔵のような海鼠壁だったので、「土蔵相模」と呼ばれていました。1862(文久2)年、品川御殿山の英国公使館建設に際して、攘夷論者の高杉晋作や久坂玄瑞らは、この土蔵相模で密議をこらし、同年12月12日夜半に焼き討ちを実行しました。幕末の歴史の舞台となったところです。
と書いてあります。
冒頭のナレーションでも説明されている通り、ちょっと歩くと京浜国道。シンゴジラが、上陸し、崩壊した、八ツ山橋からちょっと行った辺り。江戸時代は、坂を下りたら海が広がっていたとか。
そんな場所に、旅籠屋、土蔵相模はあった。
ちなみに、映画「幕末太陽傳」は、「居残り佐平次」「品川心中」「三枚起請」「お見立て」などの古典落語が原作になっているとか。
実は、「居残り佐平次」は三遊亭圓生の、「品川心中」は古今亭志ん生の得意の噺であったとか。
なんだか、ゆうひさんの次回公演のことも思い起こしてしまいますね。私だけ
胸を病んだ佐平次(早霧せいな)は、養生のために、この土蔵相模への居残りを決行する。「居残り」というのは、宿代を払えないのでチェックアウトできない宿泊客のことらしい。
持ち前の機転で、相模屋の主人や奉公人の心を掴んで、見世で起きるトラブルもただちに解決、すぐに「頼りになる」存在になっていく。
相模屋には、たくさんの女郎がいたが、中でも、おそめ(咲妃みゆ)と、こはる(星乃あんり)の二人が妍を競っている。
特に、こはるは、何人もの客に起請文を出したり、派手に「廻し」をやったりして、えげつなく稼いでいる。一方、おそめの方は、地元出身のせいか、年季が明けても帰る場所がないと知っているので、それほど仕事熱心ではない。そのため、借金の返済を迫られると、あっさり心中を企んだりする。
一方、この相模屋を隠れ家にしている攘夷派の武士、高杉晋作(望海風斗)らは、御殿山(八ツ山橋の先)に建設予定の英国公使館襲撃計画を練っている。
そんなたくましい人々の人間模様が、幕末版「グランドホテル」のように展開する。けれど、その物語は決して悲劇ではなくて、人々の逞しさの方が運命を上回ってしまう。
というわけで、実に気持のよいサヨナラ公演だった。
相模屋のセットがまず素晴らしかった。
関東より東にある遊廓は、たいがい「廻し」という制度を採っていたそうで、複数の男に一人の遊女をあてがう。遊女が別の男の部屋にいる間、自分の部屋で順番を待っていたわけだ。そして旅籠も「廻し」がやりやすいような設計になっていて、できるだけ移動距離が短くて済むようにひとつの廊下をぐるりと五部屋が囲んでいるみたいな部屋割りになっている。それを舞台でやると死角ができるので、2階の横一列がこはるのために「廻し」部屋になっていて、それぞれの客がこはるを待っている姿を同時に客席が拝めるようになっている。
何度も観劇したら、そんな一人一人の客の様子や、階下で悲喜劇を繰り返している遊女たちの芝居を楽しめたんじゃないか、と思うが、チケット難でとてもそんな余裕はなく、残念だった。
主演の早霧は、まさに、佐平次そのものだったし、咲妃はおそめそのものだった。それ以外の言葉が浮かばない。あーだこーだ感想を書き散らかしても、結局、そこに落ち着く、神演技だった。
ラストシーン、病を治すために、ヘボン先生についてアメリカに渡ろうとする佐平次と、一緒に旅立つおそめ。二人の前途は多難であろうと理性では思うのだが、絶対にこれはハッピーエンドで、二人はアメリカで大成功しちゃうんじゃないか、そんなお気楽な空気が漂うのは、二人の空気感と演出が呼応したからだろう。
その他の出演者もみな、適材適所の大活躍だったが、やはり、この公演を最後に退団する星乃の怪演は、まず、特筆しておきたい。
おそめとのキャットファイトのえげつなさ、五人廻しも三枚起請も顔色一つ変えずにやってのける面の皮の厚さ、それでいて、長州藩のお金のない連中を匿ってやる男気を示したり、高杉には心底惚れてるような色気も見せる。いい女だな~どこか子供っぽくて損をしていたあんりちゃんが、いい女になって卒業するんだな…と思うと、泣けて仕方がなかった。
退団者中心になってしまうが、香綾しずるの鬼島又兵衛も、大人の可愛らしさのある素敵な役だったし、おそめの心中相手に選ばれた鳳翔大の金ちゃんも最高に笑える素敵な役だった。
日本ものの雪組に、また新たな伝説ができたな、と思った公演だった。
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