「THE BITCH」観劇

「THE BITCH ある魂の成長物語」

作・演出・デザイン:宇吹萌

照明:吉本昇、勅使河原明子
音響:大石和洋
舞台監督:森下庸之
舞台美術・宣伝美術・音響プラン:宇吹萌
制作:小池優子

BITCHというと、英語では最悪の悪口に登場する(雌犬・あばずれみたいな意味)が、今回の芝居、そういう感じではない。ビッチという名の魂が輪廻転生を繰り返し、少しずつ成長していく物語。そのビッチ役を元宝塚スターの汐美真帆が演じている。
「ラディアント・ベイビー」で商業演劇の世界に復帰した汐美の、これは初主演作になる。

以下、ちょっと厳しめに感想を書こうと思う。
でも、厳しい感想を書けちゃうくらい、プロの演劇に戻って来たんだ!という喜びのあまりのこと…どうぞお許しください。
路子(汐美真帆)が自殺未遂から蘇ったところから、物語は始まる。すっかりこれまでの記憶をなくしている本人。周囲に聞きながら、少しずつ過去を取り戻していく。すると…
あおぞら薬局という名の薬局に勤めていたつもりだったが、実は青空薬局=店舗のないヤバい薬屋だったことや、彼氏がいると聞いていたが、実際は多忙で上昇志向の強い男に頼まれて期間限定の恋人役を演じていたことなどがわかってくる。そして、死んでくれた方が色々な人(=他人=恋人役の人とか、ヤクの密売人とか)にとって都合がよかったという事実が明らかになった時、じゃあ…と、今度は間違いなく死んでしまう。
死んだ魂は、死後の世界にやってくる。
そこには、毒婦(平松沙理)と茶坊主(野口大輔)がいる。二人は、路子の前世でも関わっていた魂らしい。
簡単に死を選んでしまう路子の魂は「ビッチ」と呼ばれ、嫌がるうちに再び転生していく。
そして小学生とか中学生の段階でやっぱり自殺してしまう。一度は、同級生がうさぎを殺した罪をかぶって。一度は同級生が同級生を殺した罪をかぶって。あ、もういいや、めんどくさい、一抜けた、とビッチは死んでしまう。
そして毒婦と茶坊主に言われるのだ。あなたが庇った人々は、そのせいでもっと悲惨な人生を歩む、と。
ビッチは人間だけに生まれ変わるわけではない。
ある時は、雑草に生まれ変わっていた。雑草なので、除草剤を撒かれたりする。ビッチは、仲間を助けるために全身に除草剤を吸収して枯れてしまう。
死後の世界に行くと、毒婦は孤児に、茶坊主は農夫になっている。彼らはキラキラして、急に死んでしまった過去を語る。雷にうたれて死んだ孤児、落とし穴に落ちて死んだ農夫、彼らは誰も恨まず綺麗な心を残している。その過去が、彼らを毒婦にしたり茶坊主にしたのかもしれない…という何かを抱えつつ…そして、ビッチは蟻(?)に蘇る。
両親は彼女が女王蟻になったと信じているが、どうやら、本当は彼女は蝶の幼虫らしい。そして外の世界に出ていこうとする。
そこで、踏み潰される。うさぎ殺しの少年少女は、小動物を虐待する癖がついてしまったのだ。
ここでビッチは初めて、死んだことを悔しいと感じた。ありえたはずの未来を惜しんだ。
そしてビッチは人間の旅人に生まれ変わる。今度こそ、違う人生があるはず-

まあ、そんな話。
弱いかもしれないけど、純粋で傷つきやすい魂、それがビッチの魂。人を傷つけるのがイヤだから死んでしまう。そういう人生に戻るのが煩わしいから転生を拒否する。やさしい魂だけど、生きる喜びを知らない。それを知らせるために神様は執拗にビッチを蘇らせるのかもしれない。神様出てこないけど[わーい(嬉しい顔)]
演劇のタイプとしては、誰でも参加できる素人ウェルカムタイプの演劇、かもしれない。子供を出演させることも可能だ。恋人と薬剤師と毒婦も役者の卵が演じてもなんとかいけるだろう。ビッチと両親と茶坊主がプロならなんとかいける。それはつまるところ、脚本が戯曲として非常に完成されているから、出演者を選ばないのだ。
また、そういう発表会スタイルの公演だと、義理でWキャストの両方見なきゃならない、なんてこともあり得る。この作品は、一度観ただけでもなんか不思議だけど面白い作品だが、二度観ると、さらに理解が深まるので、複数観劇にも耐えうる作品。ありがたい。
まあ、しかし、今回は、一部オーディションで出演者を選んだとはいえ、プロ仕様の公演になっている。
ビッチ(汐美真帆)は、路子(汐美)に始まり、小学生のビッチ1(馬場莉乃/横溝優希)、中学生(?)のビッチ2(妃ひな/村田千哉子)、雑草のビッチ3(山崎ユタカ/緑川良介)、クロシジミ幼虫のビッチ4(汐美)、と転生を繰り返す。路子とビッチ2と幼虫の時は、両親(スガマサミ/前田真里衣)が一緒に登場、次にカレ、学年主任、ハタラキアリ(兒島利弥)が現れて同じような会話を繰り返す。エリートサラリーマンに向けて発せられていた台詞が、しがない学年主任でも繰り返され、ハタラキアリにまで転用されると、普通の台詞が大爆笑を誘うという展開も面白い。
両親のなにげない会話が、弱肉強食の自然界だったり、汚染物質を垂れ流す人間界だったりを描写していて、なるほどなぁ~とその深さに感じ入る。その上で、ビッチ2のところで、ちゃんとクロシジミという蝶は、クロオオアリの巣でアリに育てられるというネタを仕込んでいる。3年間、アリと同じ匂いを出すことで、周囲にアリだと思わせるんだとか。それが、路子の死因「3年間の存在のアリバイ」と共鳴する。
連鎖から抜けだそうと、路子は自殺したが、クロシジミは外界に飛び出そうとする。これは、変化だ。だけど、その瞬間に人間に踏み潰される。ビッチ1が庇ったケイコとリョウスケに。その時、クロシジミが残した最後の言葉が「フライ・アウェイ」、ビッチ2の自殺の原因を作ったコカイン中毒の家庭教師(尾留川美穂)の最後の台詞と一緒。
輪廻転生の物語だが、わかりやすい言葉の繰り返しの魔力が、作品に力を与え、魅力を生んでいる。出演者に望まれるのは、リズミカルにそれを再生することなんだろうな…と思う。その一方で、毒に満ちた台詞をリズミカルに打ち出しすぎることは、その毒を伝えないことにもつながる。
汐美の台詞は、最初からざらっとしていて、リズミカルではない。いちいち、リズムを止める。言葉を自分の中に落とし込む間がある。だから、冒頭の父親が見ているニュースだったり、ラッコの生態だったりのたわいもない話が、最初から耳に残る。
父親役のスガ、母親役の前田は、もうプロの仕事をしています!っていう感じ。ぶれない力が、作品の世界観を正しく伝えている。カレ・毒婦・茶坊主は、適材適所。それぞれの立場から作品世界を支える。薬剤師やその他の出演者も力いっぱい作品に華を添えてくれている。
なにもかも、いい感じに進んでいく中、私の中でざわつく感覚があるのは何だろう…とずっと考えていた。そうだ、汐美の表情が気になるのだ。根暗な自殺者の魂「ビッチ」なので、汐美はずっとハの字眉で、眉間にしわを寄せている。それが情報過多のような気がする。台詞が饒舌だから、演者はもっとフラットでもいいような気がするのだ。表情だけでなく、繋ぎのダンスシーンもどこか浮いていて、この辺りがこれから表現者を目指す汐美の課題に思えた。
「ラディアント…」の時は、アンサンブルとしてとてもいい味を出していたので、これは絶対的な悪い癖ではないと思う。主演という力みが出たのかもしれない。
目力の強さと、キラキラ感を抑えることが重要かもしれない。ストレートプレイには。
このまま、この道を迷わずに進んでほしい。あなたにしかできない表現の道を。

“今日は何の日”
【8月18日】
第1回中学校優勝野球大会が大阪豊中球場にて開催(1915=大正4年)。
出場10校。(後の全国高校野球選手権大会)

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  • 新旧ゴジラ
  • Excerpt: 汐美真帆主演「THE BITCH」の感想をアップしました。こちらです。 現在、日比谷シャンテの3F、三省堂の前にシン・ゴジラがいる。すごい迫力です。あれ…なんか、シッポが長いような…ホントに長い…って..
  • Weblog: 健全な夜のおたのしみを求めて
  • Tracked: 2016-08-29 00:16