朗読劇「私の頭の中の消しゴム」

「朗読劇 私の頭の中の消しゴム 8th letter」

脚本・演出:岡本貴也

原作:「Pure Soul~君が僕を忘れても~」よみうりテレビ2001年制作

舞台監督:小野貴巳
美術:木村文洋
照明:藤田典子
音響:ヨシモトシンヤ
宣伝美術:トライボール
協力プロデューサー:東圭介
プロデューサー:中西研二、西田知佳、柳本美世
企画:木村元子

2010年から上演されている男女がペアで行う朗読劇。パルコ劇場がやっている「Love Letters」のように、男女が交互に朗読を行う。1回のシリーズに何組ものカップルが出演するというのも同じ。両作品に出演している俳優も多い。
会場の銀河劇場は満席で、人気の高さをうかがわせる。

私が観劇したのは、『矢崎広×三倉茉奈』の回。初めての“消しゴム”体験だ。

この作品は、2001年によみうりテレビで制作された「Pure Soul」というテレビドラマ(永作博美・緒方直人主演)を原作としているが、タイトルは、このドラマをリメイクした韓国映画のものを使用している。でも内容はあくまでも「Pure Soul」。舞台は日本で、登場人物の名前もドラマと同じになっている。

朗読劇といっても、「Love Letters」のようにすべてを朗読のみで済ませるのではなく、たとえば、映像が出たり、二人が立ち上がって芝居に入ったり…という部分がある。100%演劇ほどではなくても、やはりある程度の稽古は必要かな、と思った。
(「Love Letters」は、逆に、読み合わせ1回しかしてはいけない、という厳格なルールがある完全な朗読劇。)

「Love Letters」で、二人が読むのは、50年間の男女の往復書簡という体になっているが、こちらは、それぞれの日記。
ヒロイン、薫は、日記をこまめに書くような女性なので問題ないが、浩介はそもそもそういうタイプの人間ではなさそう。なので、「業務日誌」を書いている、という体で話は始まる。途中から、それはどう考えても「業務日誌」とは思えないシロモノになっていくのだが、そこは突っ込まない。
そうでないと話が進まないので。

最初に浩介が薫の日記を見つけて、音読するというスタートは、その無邪気な行動の面白さで引き込むと同時に、薫のひとつ前の苦しい恋について、観客に説明する、という役割を担っている。実際に、浩介が、薫の前の恋愛について、どんな風に聞かされ、どんな感想を持ったのか、ということは、本文中には描かれてなくて、「知っているけれど、気にしていない」扱いのモノになっている。
(が、相手が薫の直属の上司になってしまい、やがてめんどくさいことも起きたりする。)

物語は、浩介と薫の不器用な恋が、どうにかこうにか、結婚へとたどり着くまでの恋愛ドラマが半分、ようやく幸せな結婚をした二人が、薫のアルツハイマー発病により、波乱万丈のものへと変化していく部分が半分、という構成になっている。
衝撃的な設定の方が話題になりがちだが、前半の恋愛ドラマがちゃんと描かれていないと、後半を支えきれない。そういう意味で、よい構成のドラマだな、と思った。
配偶者が認知症になり、介護する…その不毛の介護生活を支えるものはなんだろう、と考えた時、自分から相手への無償の愛、という漠然としたものではなく、もっと具体的な「よすが」は必要なんだろうな、と感じる。それは、二人が積み上げて来た日々の思い出とか。それを客席が共有していないと、どうして浩介がそこまで薫に尽くせるのか、感情移入しにくい。
二人の恋愛に、頑張れ、とエールを送ったからこそ、浩介の献身が絵空事でなく信じられる。普通の軽い恋愛で結ばれた二人ではないからこそ。浩介にとって、薫は「愛」のすべてなのだ。

もちろん、物語をキレイな形でラストに繋げるために、少々強引な展開を感じる部分はある。
薫の病状と、失踪のタイミングには首をかしげる。あそこまで進行してしまっては、実家に帰ることすら難しいだろう。
(たしかに新しい記憶からなくしていく、というのは正しいのだが、実家だから帰れる、というわけでもない。夫婦の家(現在の住所)から実家までの行程は結婚後に習得した知識なので、新しい知識になる。浩介の名前を忘れてしまうレベルなら、覚えているはずはない。)
アルツハイマー病についての芝居ではないので、その辺は、些末なこと、と考えられたのかもしれない。

出演者の二人は、本気で怒り、笑い、泣き、本物の若夫婦に見えた。
三倉茉奈を久しぶりに見たが、こんなに可愛い女優さんだったかしら、というくらい、初々しく、愛らしかった。社長令嬢らしく、素直に、キラキラと育ってきた雰囲気、そして、発病後、どんどん幼女のようになっていく様が、悲しい劇ではあるが、可愛らしくて、心和んだ。
そして、矢崎広。もう8th letterなのに、矢崎広への書下ろしか[exclamation&question]というくらい、浩介役にピッタリだった。

社長にもくってかかるような、自分への強い自信と、乱暴な発言。傷ついた獣のような孤独感。女性へのぶっきらぼうな態度。愛を知ってからの変貌。運命に抗う激しさ。そして強い意志と献身。
どれもが、私にとって、とても「矢崎広らしい」ものだったし、それでいて、想像をはるかに超える熱演だった。
朗読劇なのに、全身から振り絞るような激しい感情を見せつけられて、その熱量に圧倒された。

難病ものはリピートがキツいが、また時を経て、違う出演者で観てもいいかな~。出演者による違いを感じてみたいと思う。

“今日は何の日”
【4月29日】
足利義政が元服し、室町幕府の第8代将軍に就任(1449=文安6年)。
(←旧暦。新暦では5月21日となる。)

銀閣寺を作った義政。その後継者をめぐって、かの「応仁の乱」が起こることに…。

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