というわけで、あれから3週間目にしてどうにか完成しそうです。
最近アクセス数が多いなあ…と、暢気に思ってましたら、このブログ、「汐美真帆」で検索すると1番上で出てくるんですよ。(検索サイトの数日前例ですが)汐美ネタどころか、宝塚ネタも書いてない残業の日々、アクセスしてくださる方に申し訳ない、肩身の狭い思いでした。
漸く汐美真帆ネタですが、もう、これが最後のネタだと思います。情報発信としては。思い出はこれからも語りたいですけどね。
汐美真帆トークショー第2部(3時の部)「Maho Shiomi History」抜粋2
星組時代の話もすべて飛ばされていきなり最後の公演の話になった。
しかも失敗談の話(笑)
お芝居「花舞う長安」の冒頭からしばらくした場面で、刀についてるフサフサ(将軍達は派手なフサフサが刀の柄についています)が飛んでしまって、オケボックスに入ってしまったらしい。
クーデターが鎮圧され、わたるさんが玄宗皇帝になる、そのお祝いの♪「ばんざ~い、ばんざ~い」というところで。
一瞬目が(そっちに)行ったものの、ちゃんと陳玄礼(役名)になれたそうだ。
他にはなにか?と聞かれ、もうひとつ出てきたのが、ショーで「振りが抜けた」こと。
そういうことは、大劇場でもあったそうで、その時は、
「大劇場のさよなら公演の時は、運動会とか舞踊会とかDSのお稽古なんかで、本当にいっぱいいっぱい」だったそうで、
「ショーの(とうこちゃんと)二人でからんでいる銀橋で、一人で」違う振りで踊てしまったそうだ。
後からとうこちゃんに〝やっぱりなー〟と言われたと。同期って分かるものなんだろうな。押し隠していても、いっぱいいっぱいな境界線も。
(ショーでさよならを意識した場面があることについて)
「今回ショーで芸術祭賞をいただきまして。」
と、いきなり嬉しそう。
「星組運動会では3位でしたが、ショーではV2ですので!」
『王家に捧ぐ歌』も、『ロマンチカ宝塚’04』も、ケロさんの魅力がたっぷりな公演だった。その公演でのV2は、ファンとしても嬉しいところだ。
「私は、荻田先生とはずっと長らくご一緒させていただくことができなくて、稽古場で擦れ違って、いつも、〝今度、絶対一緒にやりたいですね〟って言ってたら、念願叶って8月の博多座公演から、ずっと12月までご一緒させていただいて」
ディナーショーまでご一緒で、私も本当に嬉しかった。
さよならを意識した場面については、「荻田先生の愛がありまして」誕生したらしい。
そのひとつ、『アリベデルチローマ』という場面では、同期・高央りおの歌で、3組のデュエット。(センターはトップコンビ)もう一組の男役が退団同期の同期生・麻園みきだということで、とても幸せな場面だったとのこと。
ここからファンの質問コーナー(質問は要約)
「街で会ったら声をかけてください…とのことだったが、既に声はかけられたか。また、もし会った時にはなんと呼べばいいのか。」
「声をかけていただいたことはないんですけれども。あんまりお外に出てなかったので。」
お外…っていう言い方が、絶妙に可愛いケロさんだった。お会いした場合は、〝汐美さん〟でいいらしい。なんでも呼びやすいように…と、はにかみながらのお答えだった。
「千秋楽に持っていた花は、大劇場と東宝ではだいぶ違っていたが、あれは、ケロさんが考えられたものか?」
「私とか…いろんな方とごいっしょに」考えたものだったとのこと。
大劇場では、花篭みたいな可愛らしいもので、東宝では、大人っぽい胡蝶蘭だった。大劇場の方は、退団された同期のまほろば遊さんの作成したものらしく、一時彼女のサイトにも載っていた。
花については、「なんとかっていうのにします。なんかドライですか?」だそうだ。
「DSでのフルート演奏、いつ頃から練習していたのか」
「フルートは退団発表した次の日から、9月3日か4日、もうちょっと後だったかな?」に始められたそうで…
「でも退団発表して2ヶ月で『ローズ』を吹けるようになりました。」
すごい!!
「朝も夜もずっと練習して」いたらしい。すごいなぁ。DS終わってからも、せっかく吹けるようになったから…と時々練習しているとのこと。
ちなみに、DSで吹いていたのはマイフルートだそうだ。
で、なぜ、フルートを演奏することにしたのか…。
「なんとなく、たまたまフルートの話になって。」
退団を決めた時、何か自分で身に付けたいと思っていたら、たまたまフルートの話が出て、それでフルートをやってみよう!と思ったそうだ。そして、DSの話が来た時に、一度目のDSの時はハーモニカをやったし…ということもあったのか、
「じゃ、ちょっとでもいいからみなさんに聴いていただけたらいいな…と思って」
DSの演目に組み入れたらしい。
「2ヶ月しかしてないのに、皆さんに聴いていただいてありがとうございました。」
とおっしゃっていたが、とても上手だったと思う。なんて柔らかい音色なんだろう…と思った。
ケロさんに言わせると、1回目のDSで挑戦したハーモニカの方が難しかったそうだ。
「ダンスの振りを覚えるコツはなにか?」
「慣れですね」と語る。
「何度もやってると、コツじゃないんですけど、覚えるのに体が慣れて、流れで覚えられるようになるんですけど、コツというコツはないですね。頑張って覚えるしかないです。」
この回答を聞いて、ケロさんの宝塚人生にオーバーラップした気がした。ダンスだけじゃなく、すべて〝体が慣れるまで頑張って〟続けて来られたのかな…と。
「東宝の千秋楽の銀橋で〝とうこ〟と声をかけたが…」
「あ、聞こえましたか。」
(いや、聞こえるでしょう、それは)
「あれは、前から決めていたものか?」
「なんとなく、ここでこうしようかな…とか、ここでああしようかな…とか、いろいろあって、楽に(それを)言おうかな~って」前から思っていたらしい。
もちろん、とうこさんは、そのことは「知らないと思います。」
(その思いは)「やっぱりありがとうって思って。」その時にとうこちゃんは、「ほんとは悪魔さん(まだフィナーレの始まったばかりの場面なので、とうこちゃんは通し役のディアボロ=悪魔姿だった)なんですけど、とうこちゃん、今まで16年ありがとう!ということで、言っちゃいました。」
確信犯らしい。
それを言われたら、悪魔はつらかっただろう…と思う。ごめんね、とうこちゃん。
「これから挑戦したいこと、やってみたいことは?」
「男役はできないので…」(やってくれてもいいんですよ?)
「いろんなことやってみたいですね。いろんなことやって、いろんなこと挑戦して、いろんな自分を発見したいなと、思います。」
未来を語る時、汐美さんは急に言葉を失う。
退団して2週間という時間では、過去を整理するのに精一杯だったのかな。それだけ、充実の時を過ごしてきたのだろう。いろんなことをやって、しばらくのんびりしてほしい…と思う。
「旅行に行きたいところは?」
「いろんなとこに行きたいです。」
それでは答えになっていないと思ったらしく、「すいません。」と謝っていらした。
司会の方に、「具体的に」と言われ、それでも、
「特にないですね。」と。大丈夫か?
「でも、いろんなところに行きたいです。世界一周したいです。」
な…投げやりに言ってないよね?
「今まで行ったところで、好きなところは?」
「どこも好きでしたね。全部、忘れられない思い出を作ることができた旅行でした。」
あなたは、『ローマの休日』の王女様@公式行事中ですか?
「笑顔が、すてき」
「ありがとうございます。」
「笑顔の秘訣を教えて。できればレッスンもしてほしい」
(レッスンという言葉に勝手に反応)「レッスン、こないだ、してきました。」
え?と、外で固まった私。中も固まってたのかな?
ダンスのレッスンをしたそうで、
「久しぶりに動いてちゃんと次の日に筋肉痛が出て、衰えてないな…と。」
思ったそうだ。
(笑顔の秘訣は)「やっぱり心の底から楽しいとか嬉しいとか思うことですね。」とのこと。
質問は以上で、あとは〆に入っていく。
最後の質問に関連して、司会の方が「今日はたくさんの人に来てもらえて嬉しいでしょう」と振ると、
「こんなにたくさんの人に逢うのは本当に久しぶりで。26日以来で。嬉しいですね。」
と。
「徹夜して待っていた人もいた」という言葉を聞き、
「今日、雨じゃなくてよかったぁ…」
としみじみ呟いていた。
「それだけ愛されていたんですね」と言われると、
「すっごいですねー。嬉しいですね。」
感慨深そう。
以下、できるだけ本人の言葉に近く書き写すと、
「退団公演が決まって、それから、たくさんの方にお手紙いただくようになった。
退めるって決まった公演なのに、こんなに見てくださるんだなっていう思いがすごいあって。
それがすごく嬉しくて。」
「さよなら公演に限らず今までの公演すべてにおいて、自分がしっかり愛をもってやってきてよかったな…と。
手を抜かずに、きっちりかっちりやってこれたので、〝悔いはないな〟と思いながら、最後の公演をさせていただいて。
そういう面で、ほんとに宝塚っていいところだなって思う。」
「応援してくださる方一人一人がいるから、自分がここに居れて、楽しいこともいっぱい経験できたんだな。だから笑顔でいれるのは、皆さんがいてくださったからだな。」
「だから幸せな思いをずっと大切にしたいなぁと思うし、皆さんも、私のファンじゃない方も、〝宝塚に汐美真帆さんっていう方がいたな〟っていうのを思い出してくださったら、すごく嬉しいなって思いますね。」
だそうだ。
なお、どんなふうに思い出してほしいか、との問いには、
「あんなかっこいい人、もう二度といないわ」
本当だよ。(泣)
ここで万雷の拍手だった。もしかしたら、本人は笑いを取りたかったのかもしれないけれど。
以下が、本音の方。
「〝すごい舞台とお客様を愛していた方だな〟って思い出してくれたら、すごい嬉しいなと思います。」
ひとつ残念なことがあるとすれば、この会場にいたのは、すべてコアな汐美ファンだったため、このすてきなメッセージは、あまり意味を持たないことだろうか。私達は、汐美さんを「だぁ~りん」として永遠に忘れないから。
ここに来てくださる一般の宝塚ファンの皆様、そういう風に時々汐美さんを思い出してください。
そして、最後の出の話になる。が、
「26日に限らず、たくさんの方が入りや出で待っててくださって」と、日々すべての公演についてファンを語ってくれる。千秋楽が近づくにつれて、汐美エリアのギャラリーは膨れ上がっていた。けが人もなく、無事に千秋楽を迎えられ、本当によかった…といまさらながら思う。
「25日のクリスマスは、私シルバーサンタとかって全身シルバーのサンタになって出てきたんです。」
司会「おじいさんサンタ?」
「お洋服です!」
(そうくるかなって…予想はしていたらしい。汐美さんのイメージは、深く浸透している…。)
「その日は、千秋楽の前の日で、生徒みんなに配り物を。挨拶状と、ちょっとしたお礼の品を配るのに、全員が帰らないと出られないんです。同期とかも手伝ってくれて。だから、すっごく遅くなったんです、楽屋出が。」
あの日は、集まったファンの方たちが、すーっと解散していったので、どうしよう…出はないのか!とうろうろしていたことを思い出した。千秋楽前日、退団者は最後に出るのか…長いこと宝塚を観ているが、あまりディープな応援をしていないので、今回のトークショーは勉強になることも多かった気がする。
「(そんなに遅くても)たくさんの方が待っててくださって。ありがたいな、と思いましたね。」
ほかの組子がすべて帰ってしまい、その方たちのファンは解散することになって、沿道は、劇場側がほぼとうこちゃん、シャンテ側がほぼケロさんという、横に長い列のガードだった。
私は非会員なので、会員の友人の斜め後ろ側でギャラリーをしていた。
ケロさんは、きっとお疲れだったと思う。2回公演だったし、そんな行事もあって。
でも銀色サンタさんの恰好で、ファンの列にクリスマスのお配りものをしながらお手紙を受け取り、最後尾まで終わってから、もう一度走って一番前のファンにもご挨拶をして、元気に帰っていかれた。
本当に宝塚を愛し、ファンを愛していた人だったな…と思い出す。
そしてやっと26日の話に。
「その日は(袴で出た時は)、皆様から、お手紙を受け取れなかったんですけど、それがちょっと残念だな…と思ったんですけれども。」
袴でお手紙を受け取ったら、やはり、変でしょうね。
たくさんの皆さんの温かい拍手、お心をいただけて卒業することができてよかった…と。
これからについて、再度、確認された汐美さんは、
「実は…って言いたいところなんですけど…」
と、笑う。
「実は〝寿〟でって言いたかったんですけど、まったくございませんので、今のところ。私、これからも整理整頓とレッスンに通いながら生きていきたいなと、幸せに生きていきたいなと思っております。」
司会「ひとりで幸せに?」
「そうですね。」
司会「それもいいかもしれませんね。」
竹下さん、もしかして、汐美さんはケッコンできないって、既に思われてますか?
ケロさんの最後のご挨拶
「ほんとに長い間私汐美真帆を応援してくださってありがとうございました。
この場をお借りしまして…汐美真帆さん最後のショーでございますが…、
皆さんのお顔を見ると、宝塚に入って、皆様にお会いできて、
巡り会うことが出来て、本当によかったなと思っております。
その温かい心を、(私を)愛してくださった心を、胸に、
幸せに生きてまいりたいと思いますけれども、
どうか、皆さんも、〝汐美さんも幸せになってるんだな〟と感じながら、
幸せに人生送っていただけならなと思っております。
そしてまたどこかでお会いしたら声をかけていただけたらな、と思っています。
ほんとうに、ありがとうございました。」
前にも書いた通り、2回目は会場の外からの盗み聞きなので、正確じゃない&表情がわからないもので、雰囲気が伝わりづらいと思う。
面白い話も、聞き取れない部分は大幅カットせざるを得なかった。
ただ、「汐美」の文字を求めてネットを彷徨っているたくさんの同志たちに、私の拙い報告で、少しでも雰囲気が伝われば…と思う。ほかのサイトにもトークショーの報告がたくさん出ているし、今さらな遅さなのだが、もともとブログを始めようと思ったきっかけ=汐美さんの最後のステージを残しておきたいだったので、頑張ってみた。
気がつけば、退団から5週間がたっている。
私の胸に空いた穴は、まだ、ぽっかりしたままだ。
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